第6章

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彼女に気づかれてはいけないのに、少し喋りすぎたかもしれない。 まずいかなと口をつぐんだ時、シンと静まったテーブルに、中野の情けない声が響いた。 「その通りなんだけどさぁ篠田」 突っ伏した中野の声の後半はぐにゃぐにゃと涙声になった。 「篠田のせいで泣けてきたぁ…」 こいつは面倒臭いけど、いつも無意識にいい仕事する。 吹きそうになった口にグラスを当ててごまかした。 こういう所が憎めなくて、ついつい付き合ってしまうのだ。 「ああもう最悪!」 いつも通り、小椋の罵声が飛ぶ。 俺の腕にかけられていた手は、今はイライラとテーブルを叩くのに忙しそうだ。 「篠田君としっぽり飲むはずだったのに、どうしていつもこうなるのよ!」 「まあまあ」 ずっと黙っていた先輩が見かねたように中野を庇うと、小椋が八つ当たりした。 「先輩!このウジウジになんか言ってやって下さいよ!」 「何かって言われても…」 先輩は突然ふられて困惑顔で口ごもっていたけれど、中野に向かって優しく声をかけた。 「月並みなことしか言えないけど、いつか絶対いい思い出になる日が来るから。私がそうだから」
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