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「じゃあ私が初めて?」
どうでもいい相手にはサラサラと嘘がつけるのに、ここぞの場面で口が重いのはなぜだ。
「……たぶん」
途端に彼女の目のキラキラが消えて、あっちを向いてしまった。
「…あ、そう」
ほら、ヘソ曲げた。
彼女は自分を棚上げして、俺には嘘でいいから歯切れのいい模範回答を求めていたらしい。
でもしばらくすると彼女は急に笑顔で振り向いた。
「そろそろ上がろっか」
その笑顔の裏にまさか攻撃の矢が仕込まれているとも知らず、女王様のご機嫌が直ったと勘違いした俺は若干の変態っ気を発揮しながら嬉々として彼女の身体を拭いた。
すると彼女がタオルの中から俺を見上げ、甘い声で聞いてきた。
「三度目の朝、なんで私が逃げ出したか知ってる?」
「縁切りの餞別で来たのかと思ってました」
「違うわ。私、見ちゃったの」
彼女を拭く手が止まる。
「……何を」
この歳にもなると、叩けばそれなりに古いホコリは出てくる。
用心深く聞き返すと、彼女の猫のような瞳がキラリと光った。
「…扉の中のアレよ」
「扉の中のアレ…?」
どこの扉のナニだ?
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