女の仕事

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「違うのです。違うのです、晋一郎様」  弥生は晋一郎の顔に自らの顔を近付けた。真っ直ぐに見つめ、早口に言葉を連ねる。 「晋一郎様は先程、よいものも悪いものも分かち合いたいとおっしゃいましたが、わたくしは、これだけは手放したくないのです。大切に手中に収めておきたいのです」  婚約者の豹変に、晋一郎は目を丸くしている。それに気付いた弥生は、居住まいを正し、空咳をした。表情を引き締め、真剣な眼差しで相手の目を見据える。 「晋一郎様は、わたくしが家事に熱心なのは、因習に囚われているせいだと思われているようですが、そうではないのです。わたくしは、好きだから家事をしているのです。他人様のお世話をしたり、細々とした用事をしたりするのが、わたくしは好きなのです。男が家事をするのもいいでしょう。ですが、それは女が家事を手伝ってほしいと願っている場合に限られるべきです。女が仕事をするのもいいでしょう。ですが、それは女に能力がある場合に限られるべきです。晋一郎様がわたくしのことを大切に思ってくれているのなら、どうか奪わないでくさい。どうか尊重してください。わたくしから家事を取り上げないでくださいませ。それを失ってしまえば、わたくしがこの世に存在する意味がなくなってしまいます……!」  静寂が二人を取り巻く世界を満たした。弥生の両目には涙が溜まり、今にも零れんばかりである。 「弥生さんは疲れているんだ」  沈黙を破ったのは、至極穏やかな晋一郎の声。 「結婚を目前に控えて、するべきことが沢山あるせいで、心が疲れてしまったんだよ。気が張っているから、自覚はしていないかもしれないけど」  右手が弥生の肩に置かれた。その置き方の優しさに、掌から伝わってくる温もりに、涙が滝のように流れ出した。晋一郎は弥生を抱き寄せた。濡れた顔が彼の胸に押し当てられる。 「新しい生活が始まったら、考え方が変わるかもしれない」  晋一郎は弥生の耳元に囁きかける。彼女は声を上げずに泣いている。 「やる前から出来ないなんて決め付けないで、新しいことに挑戦してみようよ。そうしたら、案外上手くいくかもしれない。いや、きっと上手くいくよ」
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