桜には手が届かない

2/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 満開の桜の樹の下で、僕は佇んでいた。のみこまれそうな美しさに思わず息が詰まりそうになる。風が吹き、石竹色の花弁が青い空に舞い、風景を彩った。僕はなにげなく手を伸ばす。ひらひらと落ちていく花弁が僕の手をすり抜け、大地に石竹色の絨毯を作る。  周りでは、色んな人たちが酒や食事を片手にどんちゃん騒ぎをしている。楽しそうな笑い声があちこちから聞こえる。一人の女の子が僕を見つけ、こっちこっちと手招きした。しかしながら僕の足は動こうとしない。輪に入ったところで、決まりきったプログラムで対応されるだけだろうから。  虚しさを覚え、僕はVRメガネのスイッチを切った。殺風景な部屋が視界に広がる。結局、花見気分など味わえなかった。無理もない。桜も花見も知らないのだから。  僕は『仮想現実花見』のソフトをVRメガネから抜きとり、窓辺に近寄った。かつて桜並木があったという公園には、天を貫く高層ビルがずらりと立ち並んでいる。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!