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斎藤は一呼吸を置くと、言葉を続ける。
「総理、もう一度申し上げます。……事は重大です。国民の生命がかかっております。……与党の皆様もお考えください。自衛隊の治安出動を検討する事について、議論しなければならないのです」
あくまで説得するような形で語る斎藤に対し、管山は──
「……。(その自衛隊が、私を撃たない保障がどこにあると言うのだ……。)」
腹の底で毒を吐きつつ、苦々しい表情で斎藤を睨んでいる。
さらに、治安出動という言葉が出た瞬間、民主人民党の席からは──
「治安出動だと?」
「軍国主義を復活させようと言うのか!」と、ヤジが飛んだ。
だが、斎藤はその言葉を予期していたらしく、ただ冷静に管山に真剣な視線を向け続けている。
内閣総理大臣の命令による自衛隊の治安出動、自衛隊法七十八条に記載されているそれは、破壊活動防止法と並んで、治安維持における「伝家の宝刀」とも言われる。
それを抜くべきか否か──。
「話にならん。……君は元自衛官だ。おおかた後輩に出世か手柄の相談でも頼まれたのではないのかね」
管山は斎藤を睨みながら、憎々しげに強い口調で、そう言い返した。
「そうだ、そうだ!」
「たかがヤクザの騒乱など、警察に任せておけばいい!」
民主人民党の席からヤジが次々と飛んでくる。
与党側の席からのヤジが、まるで夏のセミの鳴き声のように一斉に広がり、国会は罵詈雑言の喧騒に包まれていく。
斎藤は静かに口を噤むと、目を閉じてため息をついたようだった。
「君たちは報道を見ていないのか? そのヤクザが軍隊並みの重武装をしているんだぞ!?」
「このような事態が起きた原因は、かつて与党だった君達、自由民政党の怠慢だったのではないのかね!」
言うなれば、与党・野党が真っ二つに割れての口喧嘩であった。
「これ以上の議論は、時間の無駄のようだな……」
騒ぎの中、管山はマイクを通してそう言うと、自らが所属する民主人民党が陣取る席を一瞥する。
直後には、彼らは全員席から立ち上がり、喧々轟々とする議場の出口に向かって歩き始めた。
「お待ちください、総理」
通り過ぎようとする管山に、冷静を保った斎藤が話しかける。
「……君と話す事は、もう何も無いぞ」
だが、管山は冷たくそれをあしらい、周りを引き連れてなおも出口へ進む。
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