春嵐

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 実際、昂が大人になるまでに返せるかどうかという額でもあったのだ。この幼い子に残せるものが、借財ばかりになるかも知れない…そんな思いで一杯の母にどれだけ重たい言葉を投げ掛けたのか、昂が知る由もなかった。 「僕…荷台に乗っても良いかな?」  機転良く、昂は話題を切り替えた。  いつの間にか、覚えた術。必要とされないまでも、負担にだけはなるまいと…それ以外に昂に出来ることは何もなかった。  父は、きっと今も金策に走り回っていることだろう。もっとも、昂はそれも知らなかった。弟は、まだ二歳になるかならずで、母と母祖とふたりの姉とそして妹。完璧な女系家族の中で、幼い昂が頼り甲斐のある存在には、到底なれる訳もなかった。  引っ越しの荷物と一緒にトラックの荷台に乗せられる。最低限の必要な家財だけを積み込んだそこには、元の家財の三割も積まれてはいない。昂の荷物も勉強道具以外は、天体望遠鏡と双眼鏡だけである。  読書好きな彼の為にと、買い揃えて貰った書棚も文学全集も全て諦めてしまう他はなかった。 やがて辿り着いた工業団地は、一家八人が暮らすには十分とは言えなかったが、姉妹とひとつ布団で眠る楽しさは教えてくれた。
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