63人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
一、思い出話
生まれて初めてその桜を目にした日の私はまだ女児だった。
多分7歳だか8歳ぐらいだったと思う。それでも風の強い夜は怖くて母や姉に添い寝を頼む事もあったし、まだまだ抱っこの暖かさを恋しく感じる事もある年頃だったから、道端の草花なんかは私にとって摘み取って遊べる可愛らしくてカラフルなおもちゃに過ぎなかった。
もちろん四季折々の美景とかそういう、いわゆる『移り変わりゆくもの』に情緒を感じたり愛しいと思えるような感性はまだ持ち合わせてはいなかった。
けれども、”その桜”に関してだけは別だった。
一目見た途端、自分の目玉と桜とが釘で打たれたかのようになって、一ミリも視線を脇へ逸らせなくなってしまったのだ。
見に行ったのが夜だったから尚の事魅力的に映ったのかもしれない。
それが何時何分だったかまでは流石に覚えていないけど、でも、玄関を出た時に体を撫でていった冷たい夜風と、いくつもの星が瞬く真っ黒い空が物珍しく感じて大分テンションが上がっていた覚えはあるから、結構遅い刻限だったと思う。
そしてそんな遅い時間帯でも、散歩がてらにちょっと花見に立ち寄ったという体の大人は何人もいた。私達三人もそういう類で出てきた親子という形で周りの目には映っていただろうし、溶け込めていたと思う。
最初のコメントを投稿しよう!