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四、開花
予定の時刻より大分早めに到着したにも関わらず、村の最南端に位置する神社の境内には人がどわっと寄り集まっていた。
大人も子供も関係ない。境内の一角の──去年の春まで柿色の花弁をいっぱいに開いていた桜の木が鎮座していた箇所の周りに、ぐるりと円状に取り囲むようにして集っている。
杭と縄で境界線が引かれた植樹スペースに、母と神主に付き添われながら、学校の制服を着た姉が静かに歩いて入っていった。その顔には昨晩まで見せていた笑顔も何もない。作り物と全く変わらないような、無の表情しか浮かんでいなかった。
彼女と血の繋がった妹である私は幾重もの人輪の最前列へと誘導され、世話焼きな近所のおばさんに母の代わりか肩を抱かれて、どうにも逃げられない状況にいた。
見ていな、ユリちゃん。お姉ちゃんがこれから立派なお花を咲かせるからね。
良かったなあユリちゃん。わたしの姉さんは贄桜様の宿り主なんだって友達に自慢してやんな。
綺麗に咲くよぅ。嬉しいねえ。
──でももうお姉ちゃんには会えないんだよ。
複雑な心境を言葉に変えて周りの大人に返してやる事はできなかった。
近所のおばさんおじさんが楽しそうに私に掛けてくる言葉には、悪気も嘘も偽りもないのだ。
贄桜というものを愛し、その神秘なる開花姿を信仰しているからこその。
この村独自の、独特な、唯一の考え方なのだから。
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