四、開花

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 幹が高く伸びていくのに比例して、姉の体もめりめりと伸びていく。  限界まで開かれた姉の両足も木の成長によって更に引っ張られ、ついにはばきんと乾いた枝が折れるような音と共に胴体から離れていった。  両足の爪先から、か細い枝の先端のようなものが肉を破って突き出てきた。  そのうち幹から離れて落ちると思っていた両足は、どうやら枝へと変わるらしい。ぼとぼとと地に落ちてくるのは、姉が履いていた靴や着ていた制服や付けていた下着の残骸ばかり。  とうとう腹が縦に裂け始めたが、中に見えたのは黒々としたぶっとい幹ばかりで、胃袋も腸も何も見当たらなかった。多分、そういうものも全部養分として吸収されているのだろう。  まだまだ変化は終わっていない。寧ろこれからまだ枝は生えるし、蕾だって芽生えていない。  つい昨日まで一緒に暮らしていた姉の体が、贄桜の種によって蝕まれて、引き裂かれて、養分として吸収されていく。  こういうグロテスクな光景は私のような年の女の子は見ちゃいけないんじゃないかという考えがふと頭を過った。が──そんな目の前の光景と、自分の目とが釘で打たれたかのように、視線を一ミリも脇へ逸らせられない。  姉の体が一樹の木に変化していく様を、集まった村の人は皆一言も口を利かずに眺めていた。  隣に並んだ人の顔をこっそり横目で見てみると、驚きの色もなければ恐怖の色もなく、ただ見慣れた景色を見ている時と似たような顔つきで、私の姉の姿をぼんやりと自分の両目に映していた。  この人だけじゃあない。多分皆おんなじ顔をしている筈。  きっと皆、新しい贄桜が開花する瞬間だけを待っている。  この光景に心が揺れ動いているのは、この年になって初めて贄桜の成長を見る事になった私一人だけなのだと思うと、何だか自分が特別なように思えて少し胸が弾んだ。
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