二、贄桜

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二、贄桜

※  ※  ※  贄桜(にえ・ざくら)は、ここ鬼根村でのみ発芽する大変貴重な桜木である。  平均的な樹齢は三年で、長くても五、六年で枯れてしまう非常に短命な桜だが、開花を迎えた時の例え様のない美しさに虜にされる人は多く、村民から強く愛されている。  花の色は様々あり、基本的には桃色や赤や橙色などの暖色系に偏っているが稀に紫や青が少量混じる事もある。  これは種を育てる役割を担った者の元々の性格や、育った環境、家族から受けた愛情、不安、恐怖などに強く影響されるが故の変化である。  また、通常、植物の種は何れも土中や水中などで育つが、贄桜の種は人が日々摂取するものと同じ種類と量の栄養が常に与えられる環境下でのみ根を張り成長していく。  贄桜の種にとっては、”人”の体を作っている骨肉や血液などに加えて、心に芽生える様々な感情などが最高の栄養剤となる。  この事から、育ち盛りである十代の人間がより最適な”宿り主”として選── 「あ」  不意に、後ろから伸びてきた白い手に、ぱたん、と本を閉じられた。 「早くお風呂入んなよ。お母さんに怒られるよ」  表紙に描かれた桜の絵を隠すように置かれた手の平に、小さな滴がぴとんと落ちる。  本の閉じ方にあんまり勢いがあったから不機嫌なのかと思ったが、おずおず見上げた姉の顔はいつもと変わらず平静で、横に垂らした毛先から頬へと滴が伝おうが気にする素振りも見せなかった。  いつから部屋に入ってきていたのだろう。  うちボロ家だから廊下を歩けば必ず床がキシキシ鳴くのに。  ああでもそういえば、解説文を夢中で読み耽っている最中に戸の開閉音が聞こえたような覚えもある。日常的に聞いている生活音の一つだったから、特に興味を持とうとしなかった。
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