二、贄桜

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( 気になるなあ…… )  育ち盛りである十代の人間がより最適な。  最適な──  宿り主。その先。  その先さえ読めれば。  キリの良い所まで読み進めれば、多分スッキリして興味が失せる。  というか別に読むなって言われたわけじゃあないし。  根詰めすぎると体に悪いなんてただの軽い忠告に過ぎない言葉を律儀に守る必要もない。  今は多分髪の毛を乾かしに行ったのだと思う。読んでいる最中で姉が戻ってきた所で頭ごなしに怒鳴られる程悪い事をしようとしているわけでもない。  些細な事で口諍いになるのは小さい頃からよくあった事だ。  でも。  姉のあの顔は。声は。体は。  優しくて、寂しそうで、物言いたげな眼差しは。  か細くて、あたたかで、柔らかい手の平の感触は──  明日を過ぎればあっという間に、幻となってしまうのだ。  ”いる”ではなく”いた”になってしまう。  姉との交流がいくら記憶に残り続けようと、小さい頃に見たあの桜と同じような、もう二度と直で見て触れて話す事のできない単なる鮮明な思い出になってしまう。  喧嘩別れなんてしたくはない。  あの桜が。  贄桜がどういうものなのか。  どういった過程であのように美しく育っていくものなのか。  一年前に、姉の身に担わされた宿り主という役割の、詳細は。  興味がないわけではない。けど── 「ユーリー。お母さんがお風呂入れだってー」  ぴちりと閉まった木戸の向こうから、私の名を呼ぶ姉の声が聞こえてくる。  何でもない日々の中でよく耳にする言葉とちっとも変わらない、普段通りの調子の声が耳に心にきゅうんと恋しく響いた途端、私の興味は資料本からすっかり逸れた。 「今行くー」  姉か母かのどちらかの耳に届くように声を張り上げて答えると、私は洋服箪笥の引き出しを開けて寝間着の上下を畳に放った。
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