三、夜の会話

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「まあ、これから頻繁に通うようになるわよきっと」 「嫌じゃないの?」  あの本の内容を読むに、そして姉の簡単な説明を聞くに。  姉は今夜限りで人としての一生に幕を下ろす事になる筈だ。 「嫌って?」 「宿り主。嫌じゃないのかなあって」  母だって何十年も人生を謳歌しているのに、どうしてまだ十数年しか生きていない姉が木にならなきゃいけないのだろう。  姉は仰向いて豆電球を見つめながら、ううんと低く呻って黙り込む。 「嫌じゃあないけど、気が進むってわけでもないなあ」  何故だろう。  誰ともなしに発されたその疑問に答えられる程聡明ではない私は、ただ、相槌も打たずに姉の次の言葉を待つ。 「──よく分からないや」  姉はそう言って欠伸を一つした。  私はまだ目が冴えていて困っているというのに、狡い事に姉はもう眠りに落ちそうな雰囲気だ。  それとも、それも種による症状なのだろうか。 「ただほら、贄桜様って、あんたが生まれる前からずっとこの村で育って枯れてを繰り返している桜だからさ」  絶やしちゃいけない大切なものなんだよ、きっと。  姉の言葉は、最後の方はなんだかむにゃむにゃ言っててよく聞き取れなかった。  姉がぱたりと口を閉じてから二秒と経たずに、すうすうという寝息が耳に届く。  敷布に肘を付けた格好で姉の話を聞いていた私は、急に胸騒ぎがして体を起こし、姉の布団に体を寄せた。 「スズ姉、」  体を揺さぶって名を呼ぶも、姉はもう目を覚まさなかった。  一気に静まり返った室内は先程よりも闇が濃くなった気がした。  眠りについた姉を起こす術はもうないという事を察した途端、心細さが胸一杯に湧いて怖くなったので、私は頭から布団を被って目を閉じた。
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