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そのころの名は藤二(とうじ)といった。
草むしりをしていると、小ぶりな桜の木の下で友禅染めの赤い着物を纏った少女が泣いている。
彼女の名は才華(さいか)という。
この大きな屋敷の一人娘で、年のころは僕と同じくらいで五つか六つといったとこだろう。
僕は彼女が嫌いだった。
何でも持っていてる彼女を、僕は自分と何もかも違う人間だと思っていたし、羨ましいという気持ちも少なからずあった。
彼女は、苦労も知らずわがまま放題で、使用人に無理を言っては想い通りにならないと傍若無人なふるまいをしていた。
それなのに……
いつも高飛車な彼女があんな風に人気のないところを選び、声を殺して泣く姿を見て一瞬で心を奪われた。
「ねぇ、大丈夫?」
僕の声は震えていた。
彼女はその声に、びくんとなり、すぐに両手で涙をぬぐった。
それから取り繕ろうように「何のこと?」とぶっきらぼうに、いつものように高飛車に答えた。
彼女はそうやっていないと弱い自分に呑み込まれてしまうのだろうと思った。
その虚勢が痛々しくて胸が苦しくなった。
心を許せる人が誰もいないのだろうと思った。まだ、僕と同じ幼い子供なのに……
だから、僕はきっと泣きそうな顔で彼女を見つめていたのだろう
今度は彼女が「あなたこそ大丈夫なの?」そんなことを聞いてきた。
親に売られて、逃げだしたところを庭師の頭領に拾われた貧しい僕と
本当の母はすぐそばにいるのに乳母に育てられ、大人にいいように利用される才華はぜんぜん身分は違えど似た境遇だったのだろうと思った。
親方の手伝いをしていると才華は何かと理由をつけて僕の周りをうろちょろとした。
木や花の名前を教えてやると喜んだ。
幼馴染みたいなものだ……
才華は塀の外にいる子供とは遊べないので、僕は唯一の同年代の友人だったのではないか__と思う。
そして十年の月日が経ち、僕は庭師になり才華の家のお抱えになった。
その歳になると幼馴染ではなく分(ぶん)をわきまえて彼女に接した。
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