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※
この桜の木は、樹齢三百年をこえているそうだ。
そんなにも長く生きているくせに瑞々しい姿で佇んでいる。
無邪気さと妖艶さを漂わせる色気のある桜木だ。
幼いころにお母さまがこの桜の話をしてくださった。
『甘美の桜』そう呼ばれていると、
呼び名の由来はあまりに美しく人々を惑わすから
__だそうだ。
特に夜、月明かりに照らされる姿は甘く美しく
それ故、憑りつかれてしまうらしい。
私が生まれた櫻小路(おうこうじ)家は、まだ京都が日本の中心だった頃から代々続く名家でこの界隈(かいわい)では有名だ。
こんな家に生まれてしまったせいで不自由に過ごしてきた。
閉鎖的な家。
四方を塀に囲まれた大きな敷地の内(なか)は、世間とは違う時間が流れている。
我が家に伝わるしきたりはある種、宗教じみているところがあり、異質さを含んでいる。
世の中は平成の世なのに自分の子供を乳母に託さなければならないとか、本家の跡取り娘は破瓜(16歳)で子を孕まねばならないとか……
まるで江戸時代だ。
時代錯誤……
そんな言葉がしっくりとくる家だった。
初潮がきた時、乳母に教えられたのは子供の作り方と女は畑なのだという非常識な考え方。
「男児を産め、女は人であらず子種を宿す畑に過ぎない……」
大昔の女は人でなく財産(もの)だったそうだ。
「今の時代にそぐわない……」
心の中でそう思った。
でも私は子を宿すことなんてその時は遠い未来の話のように感じていたので反発することもなく、お茶やお花のお作法を習うように、そんなものかと話を訊いた。
乳母は櫻小路家の家系図を広げ私に見せた。
代々、不思議なことに決まって女児しか産まれていない。
それはまるで何かの呪いのようにこの何百年の間ずっとだった。
そして、櫻小路家の女はみな短命だった。
私の母も一六歳で私を産み落とし、二十歳を迎える前に病気で亡くなった。
私は健康体だし、長生きできると思うのだけれど。
だからそんなに急ぐ必要はないのにと楽観的に考えていた。
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