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彼女と遊んでいると私の名を呼ぶお手伝いさんの声がした。 「蝶花さま~、蝶花さま~、習い事のお時間です。どちらにいらっしゃいますか~?」 私はいつもいつもと、うんざりしていたが、いうことを聞く以外の選択肢を知らなかったので、ため息をつき、立ち上がろうとした。 すると彼女は私の手を抑え制止させた。 いたずらっ子の笑みを浮かべ、そのまま手を引き蔵の中に隠れた。 その蔵はお仕置きで何度も閉じ込められていた場所だったので、私は少し怖かったが何の躊躇いもなく進む彼女に臆病だと思われたくない気持ちもあり平気な顔を作った。 外はとてもいい天気なのに蔵の中は暗く湿った空気を帯びていた。 高い位置にある格子のついた横長の採光窓からは桜の花が見えるので、入り込んでくる光がピンクく色付いているように感じた。 既にそこは私の知っている怖い場所ではなかった。 それはたぶん桜の季節だったから そして、彼女が手を握っていてくれるから なんだか秘密基地のようでワクワクした。 息をひそめている彼女との距離が近くて心臓がドクドク鳴った。 甘い香りと透き通るような白い肌に桜色の唇をした彼女はとても美しくて、見惚れてしまう。 視線に気づいた彼女は無言のまま私を見つめ、そっと私の唇に自分の唇を重ねた。 「どうせあなたからはしてくれないでしょ」 拗ねたように彼女は言った。 その柔らかな感触と頬に添えられた手の冷たさを忘れられない。 キスをしたのはその一度っきり…… あとは、大きな口をあけて笑ったり裸足で駆けまわったり… 家の敷地内でも彼女と遊んでいると自由になれた感覚がした。 彼女は私の窮屈さを知っているようだった。 だから、私は彼女の素性を知らなかったが自分と似ているのではないかと思った。 そして彼女は桜が散るころにいなくなった。 満開になった桜の花びらが散り葉桜になると彼女の姿はなくなってしまったのだ。 今思い返すと、あれは桜の精だったのかと思ったりもする。 もしくは寂しかった私が頭の中で作った空想の友達。 でももしかしたらこの界隈に親戚がいて春休みの間だけ遊びに来ていた……そんなオチかもしれない。 春が近づくと、もう一度彼女に会えたらと焦がれる。 だから今年も、桜の木の枝先に膨らみを見つけて心が躍った。
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