3

2/8
前へ
/18ページ
次へ
  ※ 庭の桜は日に日に色づき 大きな雲の塊のように見える。 桜の季節は私を惑わす。 上の空な時間が増える。 桜が花開くスピードと私が女になっていくスピードはどちらが早いだろうか? 胸が膨らんできた。 そんな変化を忌々しいと思った。 血を繋ぐためだけの畑になるのは嫌だと思った。 素肌に夜着(よぎ)だけを纏い 鏡台に映る自分の姿と目が合った。 ばかに他人行儀な姿をしていた。 艶のある長く伸びた黒髪。 私の髪はいつからこんなに長く伸びたのだろう… 透き通った肌に桜色の唇がしっとりと濡れていた。 瞳は黒目がちで瞳孔が開いており、潤んだ目で私を見つめた。 吸い寄せられるように鏡に触れると、指先に冷たさを感じる。 何故だか自分に魅入る。 そして、気が付く 私はいつの間にか、昔恋した少女と瓜二つの姿になっていた。 「ここにいたの?」 問いかけても何も返ってこない。 大人になった彼女は妖艶で美しかった。 いつかと同じように、唇を合わせたくなり鏡に近づく。 唇が触れたソコは鏡の表面のはずなのに柔らかく温かい。 その瞬間 鏡の中の女の形相がかわり、私を睨み付けた。 みるみるうちに表情が変わり、憎しみが溢れ、崩れる様な泣き顔へ変わった。 その女の手は鏡を突き破り私の首に手をかけるとそのまま鏡の中に引きずり込もうとした 爪を立てられて首の周りに血が滲む。 息もできなくなり、意識がもうろうとした 恐ろしいはずなのに彼女の涙の理由ばかりが気になった。 苦しかったはずなのに、一つの境界線を越えると夢見心地になりふわりと意識が飛ぶ。 ここは死の淵だろうか そして、 隆々と流れこむ感情と情景に包まれる。 これが走馬灯というやつか、 霞(かすみ)がかっていた景色が晴れていくように鮮明になる。 そしてそれが自分の中にあるものなのだと気が付いた。 私は初めて見る光景なのに、あたかも私自身の記憶のように、なぜか懐かしく感じた。 現世の記憶ではない。 そこに見える情景は今よりもだいぶ昔の時代なのだろう。 庭の桜の木はまだ若木で控えめな花びらを散らす、蔵も真新しい。 私の服装はほつれた着物を着ており、そして性別までも違った。 その時代に生きた私は男だった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加