だから花見なんて別にいいの

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 こんなに寂しがり屋で怖がりの母だから、自分がホスピスという、死を待つ者の最後の室にいるのだと知ったらきっとまた怯えてしまう。  だから案内板を背で隠して、母には絶対に『ホスピス』の文字を見せないこと。それが母を愛する、私たちの秘密のルールだ。 「帰れるかなあ、早く。私お花見なんて別にしなくってもいいの。だって花見の桜なんてどれも白っぽくって、絵みたいに綺麗なピンクじゃないでしょう? 見たってたいして面白くないもの」  歯に衣着せぬ物言いは昔からの母だけれど、痛みを和らげるためのモルヒネのせいか、話し言葉が少し幼くなっていた。
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