花隠れ

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 それからというもの、俺は彼女が来るのを毎日待つようになった。彼女は3日おきぐらいにやってきて、ただ俺を眺めただけですぐに帰ってしまう。俺はそんな彼女に声をかける。 「やあ、今日もご苦労さん」 「今日はいつもより遅いんだな」 「帰り道は気をつけろよ」 「もうじき満開になるぜ」 聞こえないと分かっていても、こうして声をかけていると彼女と会話をしている気持ちになれる。時々、ふと彼女が木の上にいる俺の方を見上げてくるから、俺の声が聞こえているのかとドキリとする。だが、決して目が合わないことで、その可能性はないと分かった。彼女が帰ってしまうと、いつまでも彼女が去った方向を見つめていたみたいで、お前もそういうことするんだな、と隣の桜の木にからかわれた。  それから数日後、公園の桜は満開になった。もちろん俺も満開になり、花見客のおかげで木力は毎日フルチャージだ。満開になった時を境に、俺たち桜の木は眠る準備を始める。花が散り、葉桜になる頃には木力を内側にためて、眠りにつくのだ。動物でいう冬眠に近い。もちろん眠っている間も、木なのでそれなりに意識はあるが、半分寝て半分起きているような感覚になる。俺たちが完全に目を覚ますのは、春のこの季節だけなのだ。今年は花のもちが良く、例年よりも長く咲いていられそうだ。公園は毎日、朝も昼も夜もたくさんの人で賑わった。親子で桜を楽しむ家族、デートでやってきた若者、桜の写真を撮りたい者たち、花より酒、の集団、みんな思い思いに桜を楽しんでくれていた。きれい月も出ていて、とても気持ちの良い夜だった。  翌日は朝から強風だった。雨こそ降りはしなかったが、ゴウゴウとうなる風によって、俺たちの花は多くが散ってしまった。花びらが風に舞い、空に踊るように吸い込まれていく様はとても美しかったが、花が散るにつれて俺の木力がどんどん減っていくのを感じた。今年は長く楽しめると思ったのに、こんな強風が来るなんてツイてないな。  彼女がやってきたのは、強風が収まりかけてきた夕暮れだった。両手で何かを大事そうに抱えながら、俺のもとへ歩いてきた。
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