幸か不幸か

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ならば、ドアを蹴破るなり、自力で脱出すればいいと思われるだろう。 確かに、その気になれば決して難しい話ではない。 たかがトイレのドアだ。 それほど頑丈ではないし、重たいものでもない。 しかし、可能か不可能かの話ではなく、どうしてもそれをするわけにはいかない理由があった。 どういうわけかと言うと、このアパートには、すこぶる意地の悪い大家がいるのだ。 壁やポストに引っかき傷ひとつ付けただけで、ネチネチと説教をされ、その後も顔を合わせる度にしつこく嫌味を言われ続ける。 それでついこの間、「今度何かあったら出て行ってもらいますからね」なんて脅されたばかりだ。 ドアを破壊するなんて派手な手段に訴えるわけにはいかない。 かと言って、このまま大人しく誰かに助け出されるのを待っても、結末は似たようなものだろう。 そもそもすでにドアは故障しているわけで、その事実が露呈すれば、結局は大家の怒りを買い、アパートを追い出されることになる。 何としても、誰にも悟られることなく、穏便に脱出しなければならないのだ。
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