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私は、誰も見えないことを良いことに泣いてしまおうかと思った。赤子のように大声で泣き立てたら、体中に充満する恐怖や苛立ちや悲しみや憎しみや苦しみや何とも言えない感情が解消されるのではなかろうかと。しかし、微かに浮き出てきた涙も流れることはなく、私はひたすら目の前にいる正体不明の人物を触り続けた。
早くここから出ていきたいのだが、方法がわからない。時を待てばいいのだろうが薄気味悪いのだからいち早く覚めたい。前の人物は、前にならえの体勢でこちらに手を差し伸べようともしないので、いよいよ追い詰められた私は唇をかみしめて肩を掴む手に力を込めた。すると、後ろから強い衝撃が来て、私は前につんのめりそうになった。とうとう鉄球が飛んでくるのかと踏ん張ったが何の気配もない。恐る恐る後ろを向いたが真黒な空間が広がっている。首が粟立っていくのを感じながら前を向き直した直後、肩甲骨に触れてくる平たい感触を認めた。
何かが居る。私は、なるべく顔だけを反らして後ろを確認した。するとやはりあまりに空間が黒いので総毛立った私だがこの際何にでも縋る覚悟を決めていた。
意味がないのを念頭に声をかけようと口を開いた直後、肩甲骨に当たったものが弱々しく動き始めた。左右へ広がっていき、肩をなぞり、首、耳、頭のてっぺんへ流れていく。この動きは、つい先ほどの、私だ。息を飲んだ。どうしよう、どうしよう。まさか、後ろの何かというのはつまり、私で、じゃあ私が掴んでいる目の前の人物はもしかして、いやそんなはず、いや、でも。
混乱しているうちに、前方の人物は私の手を握りこんできた。引っ張られる感覚。伴い、私は肩を掴む後ろの手を咄嗟に握り込み、ひっ、という無音の悲鳴とともに、
――ともに、――落ちた。
一瞬にして覚醒した瞳に映るのは、暗闇。そういえば、寝ていたのだった。とても嫌な夢だった……気がする。頭がぼんやりしていて細かくは覚えていないが、変に上がった脈拍が何よりの証拠だ。やたらと激しい不安に襲われ、喉が渇いた。そうだ、水でも飲もう。
私は、布団から顔を出してあたりを見回したが、夜も更けているらしく、全くの無音と漆黒が広がっていた。
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