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 すると、同じくはたと目が覚める。夜だ。まだ、夜だ。いや、夢か。何も見えない何も聞こえない。「あ」吸い込まれる声。足を漕ぐ筋肉の動き。手のひらの感触。骨ばった輪郭。指の股に流れる髪の毛。薄い綿の寝間着。シーツの流れに沿って、布団から恐る恐る出した手足に触れる冷たい空気。だらしなく垂らしてベッドの淵を確かめる。次に、布団から顔を出して呼吸をする。出来てるかどうかよくわからない瞬き。漆黒。無。  右足だけを床に下ろした。冷たく硬い感触は、フローリングのようだ。左右に滑らせておかしなところがないか確かめる。私の部屋もフローリングだ。おかしいところはない。少し安心して上半身を起こし、左足も下ろした。湿った足の裏に引っかかる床は、やはり馴染み深い感触である。  ベッドに手をついて立ち上がると、一歩前に進んでみた。何もない。もう一歩。……何もない。そんなはずはない。私の部屋ならば、二歩目には小さなローテーブルがあって、灰皿やたばこやミネラルウォーターのペットボトルやコップなどが置いてあるはずだ。すぐ側には読んだあとの新聞紙が放ってあるはずである。ゆえに私は、障害物に当たることなくこの場に佇めるはずがない。  あ、いや、そうだ。夢だ。これは夢。何もおかしなことはない。すり足で前に進んでみても大股で歩いてみても何も邪魔がないのは、ある意味で正しいのだ。と、なれば。急に横から鉄球が飛んできても穴が開いて落っこちても文句は言えない。  途端、再度恐ろしくなった私は、歩き回るのをやめた。  何なんだ、この状況は。そもそも、夢であってももっといいものはなかったのだろうか。例えば、今の私の給料じゃ食べられない高級料理を片っ端から食べていくとか、スポーツ選手になって脚光をあびる、というものでも良い。そういう、華やかなものであってもいいじゃないか。普段、私は私生活の中でため息をつかれる立場にあるのだから。狭い肩身を両方とも上司からつつかれ手違いを起こす頓馬な私は、非現実の中でさえ成功を許されないというのか。こんな黒一色に塗りつぶされた部屋に自分の存在すら霞んでしまう夢じゃなくともよかろうに。  本来ならば部屋の壁にあたる現在地も平坦すぎるほど平坦だ。考えたくはないが、罠が仕掛けられているようにも思えない。めいっぱい広げた両手も空を切った。
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