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「フリーダイビングに転向って……本気なのか?」
僕の退部届を受け取った水泳部の顧問は、そこに記載された内容に驚きを隠せないまま繁繁と僕の顔を見つめた。
「はい。そこに記載された通りです」と答える僕。表情一つ変えなかった。
『競技水泳からフリーダイビングに転向の為、水泳部を退部しますーーー風間 深』
と書かれた退部届をもう一度見た顧問は、小さく溜息をついた。
「うちは潜水部がないからな……もう所属先も決めたのか?」
「はい」
「そうか……わかった」
僕の意志が固いとわかった顧問は退部届けを受理した。
「お世話になりました」
僕は一礼をして立ち去ろうしたのだがーーー
「深! 魚住はお前がフリーダイビングに転向すること、退部する事を知っているのか?」
顧問が魚住と言った、その名前。
魚住 賢人ーーーその名前を出されてしまった僕は自ら歩みを止める。
「賢人には………まだ言ってません」
「魚住には言って無かったのか?まさか美海にも……お前は自分の妹にも伝えていないと言うんじゃないだろうな?」
僕は首を横に振って苦笑いをする。
「いいえ、美海には……妹には昨日、伝えました」
「昨日? 昨日、伝えたのか?」「はい」
表情一つ変えずに平然と答える僕に対して、顧問は少し呆れたような表情を見せたが、
「今日、美海が欠席した理由はそうか……そういうことだったのか」
唸るように呟いてから、大きく溜息をついた。
「魚住もお前の退部を聞いて、美海のように反対するかもしれないぞ? それでも深……お前は転向するのか?」
僕の決意を再確認したから、僕は躊躇する事なく「はい」と答える。
僕の決意が揺ぐことはないのだと悟った顧問は「わかった」と静かに言って、僕の退部を承認した。
「俺としては深と魚住で大会を制覇、インターハイ出場も夢じゃないと思っていたのだが、仕方ないな。頑張れよ」
諦めきれない顔で残念そうに笑う顧問に対して、僕は苦笑いを浮かべて言う。
「僕がいなくても、賢人なら顧問の願いを叶えてくれますよ。
賢人は僕より才能がある奴だしーーー」
「お前が賢人より劣っていることはないぞ!」
顧問は僕の言葉を打ち消すように否定してくれたが、
「ありがとうごさいます。だけど僕は賢人には勝てない。この先、ずっと勝てないんですよ」
と言った僕の顔。
苦笑いから卑屈な笑みに変わっていた。
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