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「でも、実際はあるんですよね……子どもの心を、大人が弄ぶこと」
大人が子どもの心を弄ぶ状況に考えを巡らせる。それは、例えば、言葉。例えば、他人と比べること。例えば――身体的にも?
「でも私、日本に来るときに、決意したんですよ。もう、求めることはやめようって。その時の決意を書きなぐったものが――まさか、6年も経ってからあの人の手によって掘り返されるなんて、思ってもみなかったけど」
「――琴葉ちゃんは、この会社に入る前――」
やっと出てきた言葉は、それ以上紡げなかった。しかし琴葉には透の言わんとしていることが何となくわかっていた。
「イギリスにいる両親の元に帰ってました。今さらこんなもの掘り返すなって、怒りにね」
それから、琴葉は帰路で初めて透の方を向いた。その顔は、笑っている。
「発表がイギリスだったから、英語の詩だとデマが回ったのでしょう。実際は、ハーフのおばさんが今は記事も消されたブログに載っけたもの――それを、直後に見た日本人の一般人が不思議な詩だって騒いだようですけど」
「ご両親は、謝ってくれた?」
その一言が、割りと素直に出てきたことに、透自身が驚いていた。
「はい。ごめん、ごめんって。二重でね。――でも」
ちょうど信号が赤になる。琴葉の顔を見ると、外灯に照らされたそれはまっすぐ前を見据えていた。
「でも、謝罪の言葉がほしいんじゃないんです、私。私がほしいのは――過去に振り回されない現在なんです」
その言葉は、悲しいものに思えた。しかし、簡単に触れられるものでもない――。「わたし」が本当に燃やしたのは、心なのだろうか。もしかしたら――愛されたい気持ちなのかもしれない。
そう考えたとき、ふと透の耳に幼い声が聞こえた気がした。「ごめんなさい、ごめんなさい」――。「わたし」に許しを乞う「私」の声。
――それを燃やさないでと叫ぶ声は、琴葉にも聞こえているだろうか。
車は、再び走り出す。目的地は、すぐそこだった。
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