惑え惑え罪人よ

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本来であれば、辺りは夕闇に染め上げられていただろう。 しかし、今は違う。 至るところにぶちまけられた紅が、燃え上がる炎に照らされ、炎の中からは死人が歩き出す。 明らかな致命傷を受けた人体が、虚ろな瞳で滅び行く街を闊歩する。 人々は逃げ惑い、追い詰められ、食い殺され、そして死の軍隊の戦列に加わっていく。 「な、何なんだ!何が起きているんだ!」 「とにかく撃て!もうコイツらは人間ではない!」 武装した国家権力が、死の軍隊を攻撃する。 大口径の拳銃で撃ち抜き、アサルトライフルやサブマシンガンで蜂の巣にし、ショットガンでその体を吹き飛ばす。 しかしそこまでされても、人間であったはずの彼らは立ち上がる。 「ギァアアッ!」 「か、カール!今助けにッぐあぁっ!?」 襲われ、押し倒された仲間を救おうと彼は走った。 だが、速報から這い寄っていた者に気付かず、その者に足を噛まれ、転倒する。 こうなってしまえばもう、二人は肉へと、死体へと早代わりすることだけが許される。 「クソがッ!サルがどうとかって言ってた次の瞬間には暴動かよ!」 自宅から飛び出し、ジャックは走る。 手にはどこで拾ったのかも分からない鉄パイプ、よく見るとそれには血液が付着している。 「何モンだ?頭を殴ろうがアバラへし折ろうが、全くビビりゃあしない!」 喧嘩の場数を踏んでいるだけあり、他の一般市民よりも攻撃に迷いが無い。 人体急所にもある程度明るい。 しかし、相手はどういう訳かそれら全てを意に介さない。 まるで、痛みも恐怖も感じていないかのように。 「普通に考えて、歩けるような怪我じゃないヤツまでいる。ありえねぇ、こんな事は普通はありえねぇ!」 思考の奥底に無理やり押し込んでいる最悪の仮説が、少しずつ表に出始めている。 そしてそれを裏付ける光景が、目の前に現れた。 「……冗談キツいぜ、オッサン。だいぶ愉快な格好じゃねぇかよッ!」 目の前には、体を肋骨の真下辺りから両断された中年の男だ。 普通の人間であれば、とっくに絶命しているべき状態である。 だが彼は、澱んだ瞳をジャックに向け、二本の腕で這い寄っている。 ジャックの思い描く最悪のシナリオ。 創作でのみ許されていた事象。 現実の世界で伝染性のゾンビ化現象の発生、これがほぼ確定した瞬間だった。
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