第一章  高台文月

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 ホテルの最上階にあるスウィートルームからの夜景が、男の腕の中で微睡んだ後の気怠さに切なかった。  私の名前は高台文月。付きが少ないつまらない四十六歳の女だが、取り敢えず一生懸命に生きている。  男とはもう三年の付き合い。俗に言う身体の関係。  恋でも愛でもない、大人の関係と割り切った男と女。  昔からこんな女だった訳じゃ無いが、こうなったら訳に意外性など何もない。  強いて言えば、ありふれた悲しみの果て、と言うことに為るだろうか。  つまらない人生の方から説明したい。普通に大学を出て、出版社で事務をして過ごし、二十八歳で幼馴染の男と結婚した。  夫だった高台昭人は有名大学の芸術学部を卒業して程なく、才能を開花させ新進気鋭の舞台演出家として頭角を現して時代の寵児になった。  三十歳で大きな賞を総舐めにしたその年、何を間違えたのか私に熱烈な求愛をして、私達は皆に祝福を受けて結婚した。  そして結婚間もなく、彼の女性遍歴のスケープゴートに成って夢は消え、離婚調停中に彼は愛人に刺されて死亡した。  結婚五年目の春の事で、何人も居た愛人の中でも目立って美しかった若い女優が彼との無理心中を図り、お粗末にも彼だけが死亡した。 彼らしい最後と言えばそうなのだろう。  そしてお決まりの世間の好奇の目に耐え、下らない取材に苦しめられ乍ら、また新しい人生を歩き始めた私。  あれから十三年、今の職業は取り敢えず小説家。五年前から“室町桜子”のペンネームで娯楽時代小説を書いている。  人気はそこそこながら放映多数、明るく活発な女性主人公達が世の女性に受けて、今や時代小説の花形女流作家と言う事になっている。  長い下積みだった。  夫の死から最初の出版まで八年。有名作家先生のアシスタントから原稿取りの手伝いまで、何でもやった。  高校時代からの親友の麻紀が居なかったらまだ卵かヒヨコのままで、その辺を這いずり廻って居たことだろう。
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