第一章  高台文月

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 対談の企画は難航するかと思われたのに、あっさりと通ってしまい、関係者が皆驚くなか、私と晴臣は二人だけで逢う事になった。  「僕は時代小説の大ファンなんですよ」  五十代の素敵な男性は、優しい笑顔で話し掛ける。  世間の評判通りの実業家ならば、完璧な紳士の仮面だった。  冷酷で非情、風林火山を絵に描いた様な男だと言われているから、どんなにか凄い独裁者がやって来るのかと思って見ていたのに、何故こんな風に優しげに振る舞うのだろうと不思議だった。  私達の対談の場が済んだ後、彼が求めるから。麻紀の進退を条件に受けて、その夜一緒に寝た。  それからは男と女。  晴臣は約束を守って麻紀を担当編集者として夏彦大先生にずっと付けてくれるから、私も約束を守らねばならない。  彼が求める毎月一回の逢瀬を受け入れてから、三年が過ぎようとしている。  いつも優しく包む様な愛を与えてくれる男。  心を込めた愛の時が欲しいと言う。  いつか私から、全てを捧げ尽くした愛の時を貰いたいと言って、何時も優しく笑いながら、身体を重ねる。  鷲津晴臣は、今日も執務室で仕事に追われていた。うんざりする。  毎日、同じ繰り返し。  妻だった女と別れてもう十二年、子供も無く五十歳をすでに超えた。  女友達の出版社での地位以外は何も要求してこない不思議な女と、すでに三年ほど逢瀬を重ねている。  変わった女だと思う。  女は、桜子と呼んで欲しいと言う。  本当の名前はつまらないから嫌いだと言って、決して教え様としないから、調べた。  女の本名は、高台文月。  辛そうな過去を持っていた。  つまらないと言う形容詞は当て嵌まらない程に、ドラマチックに辛い人生だと思うのだが、彼女は付きの少ないつまらない人生を生きる、目立たない女の名前だから嫌いだと言う。  「貴方とは、桜子として逢っていたい。その方が、楽しく愛に生きられる」  ベッドの中で愛の後、彼の胸に頭を乗せて呟いた。  本当は、もっと近くに引き寄せたい。  女と過ごした翌日は、何だか心が温かくなって、何時もの毎日が楽しく見える。  仕事も捗って、機嫌が良いから部下や秘書が嬉しそうにしている。  月に一回の逢瀬では、もう我慢できない。  もっと逢いたいし、触りたい。  本当は全部欲しいから、困っていた。
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