未定

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 それから数週間。  とうとう松天屋の閉店が近づいてきたある日。  信吾は松天屋の前に佇む一人の若者の姿を見かけた。  その若者のはこの季節には珍しく黒いダウンコートを着ている。もう3月後半となればダウンコートはいらない。にも関わらず、その若者のダウンコートを着ていた。  不思議に感じた信吾は、直感で声を掛けようと近づく。すると、その若者はその気配を察知したのか、自ら信吾とは反対方向へと歩いて行ってしまった。  追いかけようとも信吾は思ったが、そんな気分にもならなかった。  それこそ、この松天屋の子供の頃からのファンで、閉店するという情報を聞いてやってきたんだろう。 「あっ、それなら店に入って何か食べていくような・・・」  信吾は一人、ポツリと囁いてから松天屋に入った。 「いらっしゃい」と威勢のいい声が店の奥から聞こえる。店主の勲が厨房から声を出した。  その手前のレジの前に、妻の久枝が簡易椅子に座っている。 「いらっしゃい」と声を掛けながら、ゆっくりと立ち上がっておしぼりとお水を用意して信吾に近づいてきた。
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