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「そういえば。今、店の前に見慣れない若い人が立っていたよ」と信吾は運ばれてきた天ぷら蕎麦に箸をいれながらいう。
「へぇ・・・。信吾ちゃんぐらいの?それとも、子供?」
「いや、どうだろう・・・。俺ぐらいの年かな」鰹節でとった出汁がかえしと混じって独特の旨みを出している。子供の頃から慣れ親しんできたこの味が、あと数日だとは思いたくない。
「誰か、他人でもいいから後を継いでもらえばいいんじゃ?」と信吾はサックリと揚がった天ぷらを頬張りながら聞く。
「それもね、考えたけど。他人様なら尚更、ある程度したらこの店を辞めて独立をする。結局、跡継ぎとはならないと考えてね」
「そうか・・・」
信吾は久枝のいった一言が、前に祖父に聞いた答えの真意だと知った。
「この味を引き継ぐ人、誰かいませんかね」と信吾は、今度は天丼に箸をいれながら聞いた。
「信吾ちゃんなら、継いでくれてもいいよ」と勲が厨房の中からいう。
「いや。俺は作る側じゃなくて食べる側で十分だし。それにほら、自分の店もあるし」
「一緒に、兼任しちゃえば?蕎麦屋となんだ、服屋と」
「お父さん、違うわよ。古着屋」と久枝がいう。
「何が違うんだ?服は服だろう?」
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