第1章 弦楽のためのレクイエム

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深夜の首都高速を、一台のポルシェが 空気を切りながら、疾走する。 真紅の車が滑るように流れる、 流線型のフォルムが美しい。 午前3時、首都高から見る都会の夜景が 嫌に美しい。 周りに走行する車両は、何処にも 見当たらない。 車内に音楽はいらない、ポルシェの エンジン音だけが、癒しを もたらしてくれる。 運転者、勿津晴人(もっつはると)が 気取る訳でも無く、片手ハンドルで 暴れ馬をコントロールする。 勿津晴人は今年35歳になり、新進気鋭の 音楽家だ。 晴人は音楽学校を卒業すると矢代秋雄と 共に、パリ国立高等音楽院に留学する。 そして、1年で西洋音楽をマスターし、 帰国すると天才ぶりを発揮する。 ハリウッド映画のアカデミー音楽賞を 受賞し、日本を代表する作曲家となった。 松本清張の小説『砂の器』の主人公は、 彼がモデルと言われている。 同じ音楽家の高光徹(たかみつとおる)氏 とは、親友だ。 高光は晴人ほど裕福では無く、その為 家にはピアノが無い。 彼は外を歩き周り、民家からピアノの音が 聴こえてくると、その家に頼み込み ピアノを借りて、作曲をしていたのだ。 それを見兼ねた晴人が、自宅にあった ピアノを高光に贈呈したのである。 彼が、涙を流して喜んだのは 言うまでもない。 また、高光が創作に詰まった時に彼が 映画館において、ドラえもんを観ていた。 『いい歳したオジサンが、一人で子供用 映画を鑑賞するのは如何なものか』 と咎めた晴人。 かつてジャズ界の帝王、マイルスデイビス も創作が進まない時期に、頻繁に アイドルコンサートに通い詰め、 レコードプロデューサーから 『みっともない』 と咎められた逸話が残っている。 高光は後に、オーケストラと和楽器を 融合させた彼の代表曲。 『ノヴェンバー・ステップス』を成功させ、 日本現代音楽界に確固たる地位を築いた。
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