第1章 弦楽のためのレクイエム

5/9
前へ
/9ページ
次へ
高光が恐怖におののく、そこまでして 音楽に命をかける意味はあるのか。 まさに勿津晴人は僕の命の恩人だった、 彼がいなければ今頃、僕も餓死して いたかもしれない。 僕にとって彼は、英雄以上の存在だった。 (ピンポーン!) 高光が扉を開けた。 そこには、アルマーニのスーツに身を 包んだ勿津晴人が立っている。 高光も頷きながら中へ迎え入れる。 室内に入るなり、ちゃぶ台の上に 置かれている完成された楽譜を見ると、 ホッとした面持ちで口角が上がる。 晴人が楽譜の前に座ると、対峙するように 高光が鎮座する。 「ありがとう高光さん、これで新曲発表会 に堂々と演奏出来ます。 それで、次回作は音楽性豊かなメロディ ラインが綺麗な曲をお願いしたい」 「と言いますと?」 「現代音楽は何故12音技法、無調整音楽に 拘るのでしょうか。音楽協会でも議論され たんですが、アルノルトシェーンベルクが 開発した技法は素晴らしい。しかし、 ホラー映画やサスペンスドラマにしか 使えない、誰にも支持されない音楽は どうかと・・・」 「おっしゃる通りです、メロディとリズム の無い現代音楽に、未来があるのか」 「まさにバッハの曲には宇宙感があり、 モーツァルトの曲には天国を連想させます やはり名曲には、綺麗なメロディが必要 でしょう。是非次回作はこの両者を 組み合わせた音楽を」 晴人の鋭い主張に、感嘆する高光。 「今の僕があるのも勿津さんのお陰です、 どんどん書きましょう」 「そう言って頂けるとありがたい」 スーツの内ポケットから封筒を取り出し、 高光に渡す。 受け取った彼が封筒の中身を見ると、 300万円程の札束が入っている。 「これからもお願いします」 そう言って、晴人が右手を差し出し お互いに強く握りしめると同時に、思わず 高光の口角も上がってしまう。 「この間、貴方の特集テレビ番組を見て 感動いたしました」 「そのテレビ局のプロデューサーが 私の自宅近辺を張っています。なので 頻繁に此処へは来れないでしょう」 「それは、僕がゴーストだと?」 高光の問いに、素直に頷く晴人。 「分かりました」 「いつ彼らが此処に来るやもしれません、 私の知ってるマンションなら大丈夫。 いつでも、引っ越し出来るよう 準備をしておいて下さい」 全てを掌握したように微笑む高光。 「では・・・失敬!」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加