0人が本棚に入れています
本棚に追加
広い室内の真ん中に、大きめのテーブルが
置かれて、その脇に高級そうなソファが
設置されている。
晴人がゆったりとしたソファに座ると、
キッチンルームにあるワインセラーから
一本のワインボトルを取り出し、エリが
トレイに載せてテーブルまで運ぶ。
そして、ワイングラスに1990年ものの
シャトーワインを注いだ。
赤色の液体が混ざり合いながら、波打つ
ように揺蕩う。
晴人が高光から貰った楽譜を
テーブルの上に置き。
「高光君の新曲なんだ」
晴人が呟くと、エリが頷く。
沙梨エリは、芸能界でタレント活動をして
いるグラビアモデル。
最近、売り出し中の新人モデルだ。
晴人よりも10歳も若く、雑誌の表紙を
飾るなど飛ぶ鳥を落とす勢いのある
美人タレント。二人の出会いは
テレビのトーク番組に晴人が出演した折、
MCのアシスタントをつとめていたのが
彼女だった。
グラスのワインを飲み干した晴人が
落ち着いたのか、溜め息を漏らす。
「疲れてるのね」
「最近、週刊誌記者がしつこいんだ」
エリの問いに、視線を逸らす晴人。
「まだゴーストに頼ってるの、何故
自分で創作しないの?」
エリにとっては嫌味では無いのだが、
それが思い切り胸に突き刺さる。
「仕方が無いんだ、俺にとって
この方法がベストなんだ」
胸の奥に秘めた記憶が蘇り、甘い
ワインが苦味へと変化する。
一瞬、強張った晴人の表情を見逃さない、
エリも全てを把握していたのだ。
それは、5年前に世界的作曲家 イーゴリ
ストラビンスキーが来日した時だった。
彼はコンサート以外はホテルに閉じこもり
届けられた日本中の音楽家作品を
聴き続けていた。
晴人には自信があった。しかし、それは
あっさりと裏切られてしまった。
「ツマラナイ」
たったこの一言によって、あっさりと彼の
作品は駄作とレッテルを貼られてしまった
のである。
「勿津の曲は日本仏教をテーマにして
いるが、土台は西洋音楽のモノマネだ」
彼は落胆すると同時に、ショックを
隠せない。
晴人の音楽理論を全て否定されたも同じ、
芸術家としての致命傷。
それ以来、創作する事無く筆を
折ってしまったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!