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マエストロが選択した作品は、高光徹の
『二つのレント』だった。
本物の音楽家に認められた唯一の日本人
高光徹。
正直、晴人は日本を代表する音楽家で
存在していたかったのも事実。
その為、彼は高光にゴーストを依頼した。
もう直ぐ彼が私を越えてしまうだろう、
このままでは私のプライドが許さない。
「日本を代表する音楽家は私なのだ」
この傲慢とも思える信念を持って、
高光にゴーストを要請したところ、
彼は快く承諾してくれた。
しかし、高光の正直な気持ちは。
「勿津さん、作曲して下さい!
貴方の音楽は間違ってはいない。
貴方の曲には何かある、日本人にしか
分からない何かがあるんだ!
決して、『涅槃交響曲』は欧米人には
描けません!!」
高光が心の底から叫んだのに、
なぜか彼は頑なに拒否するばかり。
後に高光は、晴人には内緒で
『弦楽のためのレクイエム』を作曲し、
音楽家として自身の墓碑銘としたのだ。
勿津晴人に曲を提供し続ける為に
自分を殺す・・・
友情というより、もはや愛でもあった。
沙梨エリにも、二人の仲に特別なものを
感じていたのも事実。
「貴方は、人のために何をしましたか?」
絶えず高光は、この言葉に苛まれていた。
「僕がこの世に生まれた使命は、
この人に尽くすこと。大事なピアノを進呈
してくれたのだ、この恩は忘れない。
使命を達成するには、今がチャンス!」
イエスキリストは、聖書の中で。
「与えなさい、与える事でしか本物の
幸福はありません」
傷心の彼を今こそ助けなければ、
僕は報われないだろう。
ふとエリは晴人を見やった、彼は何か
言いたげな雰囲気だ。
「僕に何かあったら、高光君に
『ありがとう』と伝えて欲しい」
彼女が、一暼したような眼差しで。
「貴方のやってる事は決して犯罪じゃ無い
・・・けれども正義でも無いわ」
エリの言葉を、重い鉛を飲み込むように
聴き項垂れる晴人。
「どうするの?」
「後日、記者会見を開くよ。
ゴースト疑惑を晴らすんだ」
その瞬間、彼女が晴人の音楽家としての、
虚像が崩壊する幻影を目撃する。
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