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こうなるんじゃないかと思ってたんだ。顔が見えていればまだ違うんだろうけど、相手の言葉尻を突っついては互いにヒートアップしてしまう。 「金の管理は任せたって言ってたじゃない!」 「あぁ言ったよ。あーいうのは面倒臭いからってだけ。それにいずれは結婚するんだから、少しくらい立て替えておいてくれたっていいだろ?」 「でも今はまだ結婚してな……」 「じゃあそれならさ、そっちで書けるだけ書いて送ってよ。俺の名前書き入れて送り返すから」 「送るって……まさか婚姻届を?」 「あぁ。どこでも提出すりゃいいさ。構わないよ?俺は」 「そんな投げやりに……」 「もういいだろ?終わりにしようぜ、かったるいよ」 何で上手く言えない?何でちゃんと伝わらない? 終わりって、この話を?私たちの関係を? 今日はちょっとだけ特別な日。 駿はそのことも忘れているくらい向こうで頑張っている。それは頭ではわかってるんだ。 こっちのことなら心配しなくてもいいよって。体には気をつけてねって。それだけをただひたすら言っていたら良かったの?そしたら今日の特別な日の日付が変わった瞬間に駿から電話かメールでももらえていた? それとも、もうどうでもいいのかな ……私の誕生日なんて。 帰りに買った大好きなオペラは冷蔵庫に入ったまま。 昨日のうちに仕込んでおいた煮込みハンバーグを温めるだけなのに食欲なんてまるで無くてお鍋を火にかける気さえも湧いてこない。 せめて食べる誰かがここにいたら…… “またザーサイかよ!”って。 “食卓が茶色くておばあちゃんちみたいだよ”って。 “オレ、またあれ食べたい!”って。 そんな人がそばにいたら楽しい? 今、何してる? 今、どこにいる? 気がつくと窓ガラスがガタガタと音を立てていた。 私は閉め忘れていたカーテンを握り、今夜も夕飯を催促しに来ない人の顔を雨粒が叩きつけるガラスの向こうに探していた。
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