手紙

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 先生、突然のお手紙失礼いたします。  差出人の名前がない手紙なんて、不思議に思ったことでしょう。これから私が書く手紙の内容に、先生はびっくりなさるかもしれません。  私がこれから書くのは、三年五組の武井くんが、北校舎四階の窓から飛び降りた事件についてです。  まるで彼が死んだかのように、学校は先生も生徒も毎日落ち着きがありません。  武井くんは片脚と手首を骨折したそうです。他にも怪我をしているそうですが、詳しくは知りません。落ちたところが花壇だったからそれくらいで済んだのでしょうが、もしもコンクリートだったら、いけなかったかもしれませんね。  武井くんが落ちたことで荒らされてしまった花壇が不憫でなりません。だって、そんな気持ち悪いところに、もう花なんて植えたくありませんもの。そう思いません?  武井くんが飛び降りたことについて、生徒の間では、色んな――とはいっても、中学生が考えることですから大して多くはないのですが――噂が飛び交っています。  自殺とか、誰かに突き落とされたんじゃないかとか。だとしたら、犯人は誰か、とか。三年だし、受験ノイローゼだったんじゃないか、とかいう話もありました。  もちろん、ただの事故、という話だって出ています。でもそんなのはつまらないから、みんなドラマチックな妄想を膨らましているのです。不謹慎と思われるかもしれませんが、こんな田舎の中学では娯楽が少ないのです。  成績も良く部活ではレギュラーで活躍し、友達もそれなりに多かった、そんな生徒が突然飛び降りなんて、なんて非日常的。  しかし、当の武井くんは、自分で落ちたと言っているそうです。それ以外は何も言わず、口をつぐんでいると。  それで武井くんの母親が、自分の息子がいじめにあっているのではないかと疑って、校長室で喚いていたらしいですね。  けれど私は、それがまったくの見当違いであることを知っています。  彼が飛び降りたことの真相は、そんな大層な話ではないのです。  私は、彼が窓から落ちる瞬間を見ていたのですから。
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