3 冬の始まり

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免許はこちらで世話になる際にとった。 塗装屋の仕事は移動が多いためにないと不便だ。 普段生活をしている場所よりもさらに何もない道を走る。 田んぼしかない景色が延々と左右を流れて行った。 「先輩、最初はわたしのこと忘れてましたよね?さすがに表情で分かりましたよ!ショックだなあ。わたし、割と騒がしいし微妙に目立つ部類にいたし、先輩について回ってたひとりだったんですけど。てか、たしょーうなりとも?可愛がられていたと自負していたんですけど勘違いだったのかなあ」 おれは元からあまり喋るタイプではなかったが後輩には、まあまあ好かれていた、と思う。 その中の1人がヒュウガだった、はずだが正直記憶にはそこまで鮮明に残っていない。 そもそも可愛がっていた(かもしれない)ことも覚えていない。 「わたし、少しは大人らしくなってますか?え?なんで首を振ってるんです?ショックだなあぁ」 うへへ、とかそんな擬音が当てはまるような笑い声だった。 ショックだなんて言いながら、本当に楽しそうに話を続ける。 「わたしね、先輩の声と音楽がだいすきで。ああ、こうやって音楽をしている人たちを支える側になりたいって、そういう仕事がしたいなって。そう思って今の仕事に就いたんです。いつか…いつかスティンガーと一緒に仕事ができたらなって」 ヒュウガはそこで言葉を切る。 スティンガー、久しぶりに他人から聞いた名だ、とぼんやり考えていた。 同時に、聞きたくない名だと。 頭のてっぺんから足の先にかけて、体温が急激に失われていく感覚。
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