1 プロローグ

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『スティンガー』 大学生の頃、同じサークルの奴らと遊び半分で始めたバンドだった。 名前だって適当だ。 おれの好きなカクテルの名を頂戴した。 メンバーは4人。 誰がなんの楽器をやるかも、それぞれ拘りなんてなくて。 なんとなくのイメージで決まったようなものだった。 メインボーカルがおれ、井庭 司(イバ ツカサ)。 ギターの名前は不破 馨(フワ カオル)、ひょろひょろとしていて、骸骨みたいな奴だった。 おれも人のことは言えないけれど、目つきが悪く、怒ると一般人の百倍は恐ろしい。 ベールは室 拓真(ムロ タクマ)、茶髪の天パで少しチャラいムードメーカー。 馬鹿のくせにチャラいしそこそこ顔も良いのでモテる。 奴に泣かされた女は星の数ほどいただろう。 そしてドラムが植村 仁汰(ウエムラ ジンタ)。 メンバーの中では至極真っ当な思考の持ち主で、どこにでもいそうな地味な外見ながらとても頼りになる。 このバンドのリーダーを務めていた。 その頃流行っていた音楽を次々コピーしていくうちに調子に乗り始め、自分たちで曲を作った。 作り始めるとこれが意外にも楽しくて。 本当に楽しくて。 おれが適当に並べた言葉が、音に乗って宙に浮かんでく。 既存の曲たちと同じように、音になる。 当時ルームシェアしていたおれとフワの家に全員で集まっては頭を突き合わせて曲を作った。 学園祭じゃ事足りず、無駄に顔が広いムロの知り合いが経営しているライブハウスに頼み込み、オリジナル曲を演奏させてもらったりもした。 最初は知人しか、それも数えられるくらいでしかいなかった客もいつしか何倍にも増えていって。 遊び半分で始めはずのバンドには、いつの間にか 「音楽で飯を食っていこう」 そんな共通の目的がおれたちの間に生まれていったのだった。 大学卒業間近、あるレコード会社から打診があった。 所謂、メジャーデビューというやつだ。 そうしてスティンガーは、その頃の注目若手ロックバンドとして世の中に宣伝してもらい、有名音楽番組にも数回出演したのだった。 正直なところバンド名は変えたかったが時すでに遅し。 一般受けしないだろうな、と思っていたおれの曲も有難いことにそこそこ売れた。 絶好調だった。本当に。 「音楽で飯を食っていく」 そんな絵空事みたいな夢が、実現した。 そしてそれは、きっとずっと壊れないのだと、そう確信して疑わなかった。     
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