優しい嘘

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 父が存命の時は、かいがいしく家事をこなしていた母は、まったく何もできなくなってしまい、今では、私が家事全般をこなさなければならなくなった。度重なる母の自殺未遂に私は働くこともままならなくなり、仕事を辞めてしまった。仕事を辞めたのにはもう一つ理由がある。どうやら、母は若年性アルツハイマーになってしまったらしいのだ。医師から告げられた時には、ショックだったが、今のところ、正常と痴呆の間を彷徨っているような状態のまだら呆けの状態らしく、これ以上悪化しないために治療しましょうと伝えられ、私が頑張らなければと腹をくくった。  今までここまで育ってこられたのは、母のおかげだ。子供みたいに、アイスを舐めまわしている母親を横目に、私は洗濯機から洗濯物を取り出して、二階のベランダへと向かった。築五十年の家の階段はギシギシと一段ごとに軋み、今にも抜け落ちそうで怖い。父が祖父から受け継いだこの家もそろそろ限界かもしれない。父が生きていればリフォームも考えたかもしれないが、父の残してくれた遺産で母子二人食いつないで生きていかなければならない身だ。とうてい、リフォームなど夢また夢。  ベランダに出て、一通り洗濯物を干し終わって、階段を下りようとした時に、ふと父と母の寝室だった部屋のドアが半開きになっているのを見つけた。その部屋はもう使用しておらず、私は侵入者でも居るのではないかと、怖かったがそっとドアを開けた。部屋を見渡したが、カーテンの隙間からの光がかび臭い部屋の埃を照らし出すばかりで、そこには誰も居なかった。父が書斎としても使用していた部屋である。     
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