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「君から誘ってくるなんて珍しいね。街へ行こうだなんて」
後日、僕は光木をエスコートする形で商店街にいた。彼女は、深緑のモッズコートに赤いマフラーと、昨年末に家に訪れた時と同じような服装だった。
その時よりは若干チークが濃いような気もする。
仲がよさそうに二人並んで歩くわけでもなく、前後に1メートルほど開き、お互いに見えない境界線を意識しながら歩幅を合わせていた。
「ちょっとまぁ、ね」
僕は真意を悟られないよう、できるだけ気まぐれである体を装っている。意識をそらそうと視線の移動に努めるが、晴天の空と、冷えたアスファルトだけにしか目がいかない。
週末の商店街は先日よりも人通りが賑やかだった。
以前は気だるそうに座っていた服屋の店主も、人が変わったように陽気な声で接客しているのが見えた。
僕は意を決して口を開く。何度も聞いてみようとした質問を試みた。
「光木ってさ、どうして」
「あ、猫だ」
光木の声に反応して横を向くと、魚屋を遠巻きに様子見している鯖トラの猫がいた。まだ若い年齢だと推察できるが、首輪がないことと屋内で生活しているとは思えない毛並みから、野良猫であることは簡単に推察できた。
おそらくは店先に並ぶ魚を狙っているのだろう。
パイプ椅子に足を組んでいる店主は居眠りをしていた。これでは猫どころか万引きに遭っても文句は言えないだろうなと思った。
「あの店主も、魚が盗まれたら裸足で駆けて行ったりするのかな」
「愉快な発想だね。それじゃあ天体規模の笑いものだよ」
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