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水の無いアクアリウム。その言葉を不意に思い出したのは、発泡スチロールの中で、棺桶のように氷漬けにされている魚を見ていたらのことだった。彼らだってもとは住んでいた水槽があったはずだ。地球という名の巨大な水槽が。
温度の失われた世界で、世界が彼らに与えた運命はあまりにも残酷だ。僕達が今日を生き長らえるためだけの、栄養価となること。
捨てて吐くように捕獲されては処分される億千万匹の生物たちから考えてみるなら、この世界が不幸に満ちていることは納得がいく気がした。
「で、さっきなんか言いかけたよね」
居眠りした店主を横目に、光木は話を戻した。
虚を突かれ一度言葉を失うが、もう一度僕は反芻した言葉を繰り返す。
「光木ってさ、どうして国民拳銃は使わなくてもいいと思ったんだ?」
あの日、光木が見せた影の差す背中は、絶対に言いたくない過去あってのものがあった。それを承知で踏み込んだ僕は、彼女に嫌われることも辞さない覚悟だった。
そこから幾秒かの間。15歩くらいは歩いただろうか。光木は重そうに口を開いた。
「私のお父さん、国民拳銃の設計者だったの」
「え」思わず足を止めてしまう。
「初期の設計の話だけどね。私が生まれてくるさらに前。元々自動車部品の会社で設計士を務めてたの。法案が可決された後、国からの要望で私のお父さんの元に銃の設計依頼が舞い込んできたんだって」
何度もテレビで見てきた。成人式では目の当たりにした。
あの銃の構造を、光木の父が考案したというのだ。
「最初は誇らしかったって。自分の設計した銃を全国民が持つことになると思うと鼻が高いだなんて言ってた」
でも。僕につられて足を止めた光木に影が差した。僕が国民拳銃について尋ねた時と同じだ。彼女の目に溢れていた「生命の源」のようなものが、早着替えのように、消灯されるかのように失せてしまったのがわかった。
電源を切ったテレビのような、真っ黒な瞳だけがあった。
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