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魚を盗んだ猫が、この商店街に一大騒動を巻き起こした。
人と人がシェイクし、時に笑い、時に怒鳴り、時に泣き出しながらのパレードがゲリラ的に開幕した。
その姿を二人で唖然と見守っていた。数分前までは何の変哲もない、ただの商店街の一角だったのに、瞬く間にお祭り騒ぎだ。
クリスマス以来の派手なライトアップだろう。感情という灯が散華し、ハリボテながら活気を取り戻して見せた。
「騒がしいね」光木は苦笑いだ。耳を両手でふさいでいる。
こんなことがあるんだな、と非現実的な一面に僕は自分だけが取り残された気分でいた。
人のために止まってくれない世界は、時に加速して全てを濁流に巻き込んでしまうのだ。たまにはやるじゃないか、と言ってやりたいが彼は気まぐれでしかない。
どこかに移動しよう、そんな光木の提案に同意しかけようとしたとき。
乾いた音が鳴った。何よりも大きな、商店街中の騒音を全て吸い込んで、その火薬の音は静寂をもたらした。
それが銃声であると気が付くのには数秒必要だった。僕は生まれて初めて、銃声を聞いた。
猫が様子を見に戻ってきた。
裁判官が木槌を振り下ろしたかのように、静まり返った空気が背中を撫でる。
ここにきてようやく、僕は光木を商店街に連れてきた目的を思い出した。
「光木。こっちまで来てくれ。合わせたい人がいる」
僕は少し強引に彼女の手を引くと、密集した人々をかき分けて、白い煙の上がる場所、銃弾が発砲された音源地へと歩き出した。
人だかりの中央。天にむけて握りしめられたそれは国民拳銃。
自分の存在を証明するために、静寂を手に入れるために、世界に弾丸を放った男を一目見て、光木は一言、沈黙してしまった世界に言葉を装填した。
「……お父さん」
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