1人が本棚に入れています
本棚に追加
路地裏の筈なのに、一歩足を踏み入れるとその空間が歪んだような気がした。不思議な空間に気をとられていると、一瞬で目の前には見知らぬ店が現れた。
あれ?ここは路地裏のはずで、店なんかある訳無い…。
だけど店の提灯から溢れる灯りは暖かくて、木で出来た店の引き戸も本物だ。見上げると、年季の入ってそうな大きな木の看板には『萬・八百屋』と書かれていて、俺は思わず唾をのんだ。
「あった…。」
すぐに入るのは躊躇われる。障子の引き戸を少しだけ開けて中を覗くと、不思議な声が耳に通った。
「いらっしゃい。」
え…?と思うと同時に、スパーン!!と障子戸が開かれ、覗き魔の俺が現れた。
「そんなとこで覗いてニャイで、お入り。」
その声の主はカウンター中にいた。カウンターと言うよりは番台のようなそこには白い着物に黒い羽織で、座布団にちょこんと正座した小柄な店主が細い目を更に細めこちらを見て微笑んでいた。外装と同じく木でできた店内はどことなく昭和っぽくて懐かしくて、ここが都市伝説の場所だと分かっていても、不思議さが勝って俺は店内に入った。
「ほっほ。最近はお客がよく来る。良い良い。」
番台から降りた店主の背丈は俺の腰くらいで、細い目にニマッと笑った口がまるで猫のようだと思った。
「あ、あの…ここは今一番欲しいものが売ってるって聞いて…。」
店主はシュッと跳びはねると、その身軽な体を俺のそばにあった棚に移した。
「そうとも。ここはそういう店だ。信じた者しか辿り着けんのさ。お前さんも話を聞いたからここに来たんじゃニャイのか?」
目線を合わせた店主は更に笑った。まるで全て分かっているようだ。
「あ…そう、です。ははっ…」
最初のコメントを投稿しよう!