12章 主従の契約(後編)

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・ 「…っ──」 悔しさに歯を食い縛る。 たった一部の人間の欲の為だけに、罪のない者達の命が奪われていく── 先祖が築いたロマネの地。苦しい思いをしながら耕した大地。そして失敗を繰り返し作り上げた果実の種。 その実った努力のせいで、こんな不幸なことに見舞われるとは──。 「灰にするには惜しいほど立派な邸だな…」 魔物らしかぬ風貌の男は靴を鳴らし、居間を歩き回る。 見ただけならまんま、人間の姿だ。苦し気な呼吸を繰り返し、モーリスは口を開いた── 「欲…しいならっ…くれてやるっ…この邸も村もっ…」 「………」 どうせ灰になるのだ…… 皆が作り上げてきたものはなに一つ残らず、育った大地も知識のない者の手に渡れば直ぐに痩せ細って枯れ地に戻る。 作り手を失えば栽培の難しい果実も来年は実らない── 「お前は領地主か?」 悔しげに床を掴む拳を見つめながら男は訊ねた。 「……だったがたった今土地の…っ…権利書をっ…」 「なるほど」 居間を見渡していた男の足が近付いてくる。 「腐った人間よりも魔物は紳士だ」 「………」 「奪われたと言うならその権利書にお前の署名はないのだろう…」 モーリスは問に頷いて返す。 「ならばそれを奪い返すまでだな…手元に戻ったらお前のサインを頂く」 男は居間の真上にある執務室を見透かすように天井を仰いだ。
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