12章 主従の契約(後編)

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・ 扉のすき間からは黒い煙りが入り込み天井に灰色に曇らせる。 周りを囲うようにできた見えない壁はモーリスが逃げない為の壁ではなかった── 信じるしかない… 今はこの魔物の言葉を信じるしかっ… 「イザベラっ…」 無事を祈りながら声が掠れる。何もしてやれない父親だった── こんなことで人生が終ろうとはっ… 口に溢れた血を拭う。 毒を盛られ、三発の銃弾を肺が貫いたのにまだ心臓は動いている。 だが、これは自分の力ではない── 普通ならばもう息絶えている筈の身体。それは権利書にサインするためだけに、あの魔物が生き長らえさせているに過ぎない。 「イザベラっ──すまないっ…私はお前に何も残してやれなかった…っ」 邸も財産もすべて魔物の手に渡る── だがそれでいい。命だけでもあったなら… なんとか自分の手で幸せを掴んで欲しい── 邸、同様火を放たれた村が赤く燃え上がる… 「ワイン二、三本だけでいいからそれを持って逃げろっ」 「ああ、それがあれば売って金になる!命が大事だっ他は手放せ!」 家を焼かれ、逃げ惑う村人の悲鳴があきこちで上がる。 「見てみろっモーリス様の邸からも火の手がっ!」 「無事に逃げただろうかっ!?」 「あの家には葡萄の改良書がっ──」 生き残った村人達は火の手とは逆に逃げながら邸を振り返り口々に叫んでいた。
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