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コツコツと品良く踵が鳴る──
辺りに煙っていた黒い靄、燻った香りが徐々に薄れていく…
グレイは執務室の扉を開けると蹲っていたモーリスの肩を足でゆっくり蹴り起こした。
「さあ、お前の署名をもらおうか…」
「……っ…」
「なんだ、まさか今さら嫌だとでも言うんじゃあるまいな?──」
「む、娘はっ…娘の無事を確かめてからだっ…それでも遅くはないだろうっ!!」
必死の形相でモーリスはグレイを見据えた。
そんなモーリスを見てグレイはふっと笑う。
グレイはゆっくりと椅子を引き腰掛けて長い足を組んだ。
「確かめてくるがいい──…だが、お前の声はもう娘には届かない…」
「………」
「お前はもう死せる者──…その心臓は俺の力で動かしているだけだ…」
「───…」
「早く行ってこい…死神がお前の魂を狩りに来る前に主従の契約を交わさねばならん……間に合わねばお前はただのグール。腐敗した魂なき愚者となり死体を貪る化け物となり果てるだけだ」
「……っ…」
「行ってこい…行って最期の別れを惜しむがいい──」
モーリスは部屋を飛び出すと何かに追われるようにイザベラの居室へ向かった。
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