12章 主従の契約(後編)

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・ 今日、最後に話した言葉はなんだっただろうか… あまりにも日常的で曖昧すぎてそれさえも記憶になかった── 「──…っ…すまなかったっ…許しておくれっ……っ…ザベラ──っ」 唯一触れられる手でイザベラの柔らかな頬を撫でる。 冷たかったのかイザベラの小さな手が触れるモーリスの手を嫌がり遮っていた。 「……っ…──」 モーリスは切なさに顔を歪める。 “お前は死せる者──” 「……──もう私はこの世の者ではない…っ…」 モーリスは娘のおでこに冷たい自分の肌が触れぬよう、音だけを立ててキスをした。 「イザベラ…強く生きてくれっ…」 もう何もない── これから娘はどういった人生を歩むのだろうか 一人になり何を頼りに生きていくのだろうか── 何一つ手を貸してやることはできない 父親として何一つ── モーリスはイザベラに背を向けるとゆっくりと扉を閉めていた。 「もうよかったのか──」 「──…っ…」 部屋を出て天井から急に響いた声にモーリスは肩を縮めた。 見上げれば何もない空間に逆さになったグレイが上から見下ろしている。 グレイはそこからひらりと舞い降り床に着いた。
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