6人が本棚に入れています
本棚に追加
始業を告げるチャイムがなり響く、教室の誰も口を開く者は無い。その時、後ろの扉が開いた。
「いや~ゴメン、ゴメン。少し遅れちゃったかな~」
頭を掻きながらニコニコと入室してきた少年は、自分と同じ位の大きなリュックサックを背負い、制服はつぎはぎだらけ、少しサイズも小さい。
場の空気など微塵も感じる事無く、勝手に話始めた。
「いや、いや、いや~、今日の登校中なんですけど、自転車、トラック、オートバイに轢かれそうになりまして、よけた先には、窓ガラス清掃の水が頭上から襲い、足下には水道管工事で水溜まりが出来ていて、万事休すの所、機転を利かせてなんとか避けられる事が出来ましたが、今度は放し飼いの野良犬に襲われまして、フルスピードの鬼ごっこの結果、奴を放っておく訳にもいかない事に気づき、更正させてこの時間になった次第でございます。が、ギリギリセーフですよね?」
教室中を微妙な空気に変えられて、その場の全員は黙り込んだ。
「あーっ!?」
少年の驚きと共に指差された綾瀬愛理までもがびっくりした。
「なになに転校生?僕、八木深也。よろしく、よろしく~」
右手を差し出し、笑顔を伴って、彼女の方へスタスタと近づいて行く。
「い、いかんっ」
呆気に取られたマリアが我に返り、少年の接近を阻止しようとするが、一瞬で八木深也は綾瀬愛理の手を取り、握手した。
「あれ?君…」
「はい!?」
深也と愛理は眼と目が合うと、人目も憚らず見つめ合った。
それは一瞬の時間だったが、目から入ってくる情報量は膨大で、様々な感情が呼び起こされては消えて行くのを繰り返し、お互いに目を逸らす事が出来ないでいた。
「貴様っ、離れろ」
マリアが怒鳴ると、深也は我に返ったが、整理が付かない綾瀬愛理への感情を不思議に思った。
でも、たった一つ理解した事があった。
最初のコメントを投稿しよう!