一章 国境の街、ヤーヤイル

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   季節は夏真っ盛りに突入し、森や草原は深い緑に覆われていた。  門の前に並ぶ人々の多くは、余りの暑さに辟易した様子で、手や平たい物を使って扇ぎ、なんとか暑さを凌ごうとしていた。  一方、リューティスとシルウィはそんな努力とは無縁に、馬から降りてその手綱を手に並んでいた。リューティスは暑さを緩和し常に自分の周囲をほどよい温度に保つ魔法具を持っており、シルウィにもその魔法具を貸しているのである。  リューティスとしては手作りの特に難しくもない魔法具であるため、あげてしまうつもりで渡したのだが、シルウィがそれを拒否したのである。しかし、一人で快適な状態でいるのは心苦しい。そこで、話し合いの末、貸し出すことになったのだ。 「夏だな……」  シルウィの視線の先には、汗だくで甲冑を脱ぐ冒険者の姿があった。 「夏だね」  南に向かえば向かうほど暑くなっていく。南の国は常夏の国と呼ばれており、年中温暖な気候である。また、今、東の国は冬であり、中央の国は春である。  つまりこのまま南下しながら東へ進んでいくと、季節は夏のまま徐々に暑くなっていくのだ。  さらに、この街から東へ行くと広い砂漠が広がっており、あの国境の壁の向こうにも砂漠が広がっている。  灼熱の太陽が大地を照りつける中、水のない砂漠の中を歩かなければならない──今後、人間にとって厳しい環境の中を旅することになる。  越境の許可がないシルウィとはこの街で別れることになるのだが、得意属性の性質的に不得意な環境下を、間違いなく足手まといになる者を連れて歩くことはできない。彼女がもし越境許可を持っていたとしても、彼女とはここで別れることになっていただろう。 .
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