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「塩でも撒きますか?」
「いや、それはな」
心情的にはそうしたいが、仮にも神に向かってさすがに塩は撒けない。
「近い内に、だそうですよ?」
「十六夜にもそう聞こえたかい?」
「ええ、しっかりと」
「困ったものだなぁ」
「自分勝手過ぎます。・・・やっぱり、塩を撒きますか」
「・・・・・・いや、止めておこう」
溜め息を吐き、出かかった言葉は飲み込んだ。
ーーその夜、眠りに就いていた浅葱は、誰かに名を呼ばれた気がして目を覚ました。布団から起き上がり、自身の身体を見下ろす。
浅葱の身体は暗闇の中、金色に光っていた。激しくドクドクと鳴り響く鼓動に連動するように、点滅を繰り返している。
滅多に出すことのない尻尾と耳が、ぴょんと飛び出していた。
浅葱はそっと胸元に手を置いて、何もない空間を見つめた。見定めるように、探るように一点を見つめる。
すっと、目の前の壁が姿を消した。浅葱の頭の中に、何枚もの壁が現れては消えていくビジョンが浮かび上がる。
壁を抜け、長い廊下を行き過ぎれば、唐突に視界が変わる。朧気にたゆたう空間に行き当たった。
霧状の細かい粒子が、辺りを覆い隠すように張り巡らされている。ここは、浅葱が作った通路の中だ。
実際の通路とはまた違う。人為的に作られたその場所は、自分が立っているのか、横たわっているのか、歩いているのか、ただ浮かんでいるだけなのか、何も分からなくなる程、酷く曖昧であやふやなモノになる。
もし迷い込む者が居たなら、きっと自分の存在すら不確かなモノに成り果て、精神のバランスを崩してしまうだろう。
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