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「いちゃい」 クイと手を引かれる。ん?と見る十六夜に「もどう?」と訊ねる。 戻れるものなら今直ぐ戻りたい。だが、戻るためには、目の前で不機嫌な顔をした神を説得しなければいけない。 この場所は、桜の神が作った結界の中。抜け出すには桜の神に解いて貰うしか術がないのだから。 十六夜は頷き「もうちょっと待ってて下さいね」と声を掛けた。 なのに、十六夜の頷きを得、コトハがニコリと笑う。 「ここはやなの。もどうの」 コトハの呟く声が、ザァーと吹く強い風によってかき消された。瞬く十六夜の前で、桜の花びらが激しく舞い上がる。驚愕に目を瞠る神の顔も数多の花びらによって遮られた。 何が起こったのかと不安を覚え、コトハの手を強く握った。無事を見定めようと、視線を向けたその時にグニャリと視界が歪む。 「・・・えっ」 眩暈にも似た感覚にふらりとよろめく。タタラを踏み、頭を抑えた。眩暈を振り払うように呼吸を整え顔を上げた十六夜は「・・・えっ」と呟き目の前の光景に目を瞠った。 そこは元の場所だった。モノクロの世界は色付きを取り戻し、この世の息吹を感じた。 あの妖しくも幻想的な、桜の木だけが色を持った世界は、もうどこにもなかった。 「・・・コトハ?」 十六夜は掠れた声で呼びかけながら、コトハを見る。さっきの遣り取りから考えると、結界を破ったのはコトハとしか思えなかったからだ。 「あい」 得意気に十六夜を見る目は『褒めて』と強請っている。十六夜は、戸惑いながらもコトハの頭を撫でてやった。 無理やり結界を破ったことで桜の神に降り掛かるであろうダメージを思い、十六夜は身ぶるいする。 恐る恐る桜の木に目を向けた。 「あら、いつの間にか花が散ってしまっているわ」 「さっき、突風が吹いたから、その所為かもしれないわね」 「あれ程見事だった桜の花も、散るのは一瞬ね。散っちゃうと何だか物悲しくなるわね」 そんな会話を耳にしながら、十六夜はコトハの手を引っ張り、慌ててその場を離れた。
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