第二章  女優と桜子

6/8
92人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 「彼女の弁護士が裁判が始まる少し前に、まだ昭人から受けた傷の治療を受けていた私を訪ねて来たわ。夫から受けた行為を裁判で証言して欲しいと、頼みに来たの」  思い出したのか、苦しそうな息を吐く桜子にこれ以上話させる冪か悩む晴臣の手を握って、桜子が続けた。  「昭人は、彼女にも同じ様な事をしようとしていたと弁護士が言ってたわ。それが本当の事だと、私には分かっていた」  涙が頬を伝って、落ちた。  「私が証言する事に、高台の父母も実家の父母も大反対だったわ。彼女の為になんか何もしてはいけない、と私に言い渡した」  「昭人を殺した女だから許してはいけないと言って、憎めって言われた。言う通りにしないなら、縁を切るって言われたわ」  また苦しそうな息をするから、もう止めさせようとする晴臣に、「全部聞いて」、と桜子が言った。  「昭人はとっても成績の良い子供だったのよ。小学校時代も中学校時代も生徒会長なんかしていて、先生や地域の大人達の寵児だった」  「高台の義父は開業医で、地域の名士だった。がから昭人との結婚は“神が恩寵を下さった”みたいに、私の両親は思っていたわ」  少し間を置いて、また続けた。  「あの人を、私が十分に支えてあげなかったから、あんな目に会って死んでしまったと言われた」  「私への暴力も、妻として至らなかったからだと言っていたわ。あの頃は、そうかもしれないと思ったりして」  「苦しかった」  また涙が頬を伝って落ちて、晴臣の抱いている腕に力が籠っる。  「それでも、私には彼女が憎めなかった」 「あの時のわたしは、もう昭人を愛してなんか居なかったから、そんな自分自身も許せなかったのね」  「でも今なら許せる」  「貴方にの愛に包まれて、あの結婚は間違いだった、と思えるようになったの」  彼は胸に顔を埋めて、涙を流し続ける桜子を、強く抱き締めた。  「私は退院許可がまだ下りなかったから、病室のベッドの上で証言ビデオを撮ったわ」  「顔にも身体にも大きな痣が残っていて、昭人がどれ程酷い暴力を私に加えたか、誰にでも一目で解る姿だった」  「三日間も縛られたままだったから、あと少し其の状態だったら、死亡もあり得たと主治医も証言してくれた」  震える桜子を晴臣が守る様に包んで、止めさせようして言った。  「もう話さなくていい。君を苦しめて済まない」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!