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秋の透明な陽射しが黄金色に輝くようなある日曜日の午後、桜子は晴臣に、久し振りに海辺の別荘へ連れて来られた。
まさか牧師まで用意して、結婚式を目論んでいるとは思っても居なかったから、別荘に入るなり飛びついて来た麻紀に、いきなり抱き締められて驚いた。
「おめでとう!」
何が目出度いんだろう。
戸惑っている私に、麻紀が囁いた。
「ドレスとベールの用意が出来ているよ」そう言って、面白そうに笑う。
耳元で更に、囁いた。
「今日は、夏彦は置いてきたよ。花嫁を襲ったりしたら、間違いなく晴臣さんに、殺されちゃうからね」
晴臣が、含み笑いをしながら言っている。
「結婚式の用意が出来ているから、着替えなさい。僕も、着替えて来るから」
晴臣は、サッサと着替えに行ってしまい、
訳が分からない私を、麻紀が主寝室のある二階に連れて行った。
何が何やら、良く分からないうちに、待機していた美容師の手で、花嫁衣装に着替えさせられた私。
横で、麻紀が見ている。
「綺麗だよ。今日は桜子で行こうね」
ちょっと涙ぐんで、囁いた。
麻紀に手を取られて、階下に降りた私が見たものは、海が一望できるテラスに設えられた祭壇と、祭壇の前まで敷かれた赤い毛氈。
その前で、牧師と晴臣が待っていた。
「桜子のエスコートを、用意したよ」、麻紀が囁くから、何の事だと思った。
長いベールを被っているせいで、周りがよく見えない。
「文月。どうか僕達を許して欲しい」
手を取られて、呟くように言葉を絞り出す男性を見た。
「お父さん、どうして此処に居るの」
戸惑う私に、麻紀が言っている。
「許して上げようよ。あれは、もう昔の事だよ」
言い乍ら、麻紀が白いバラのブーケを差し出した。
「花嫁はね、桜子。父親にエスコートされて、バージンロードを歩くもんだよ」
それから、失礼にも更に耳元で囁く。
「アンタも私も、とうにバージンじゃ無いけどね」
思わず、笑ってしまった。
「桜子、許して上げよう」、麻紀が、もう一度囁いた。
麻紀の横に歩み寄って来た母を見て、年を取ったと思った。
母が涙ぐんでいる。
両親の年老いた姿に、心が傷んだ桜子は、二人に頷くのがやっとだった。
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